公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2003年6号掲載
春先から机の傍らに5本のガラス瓶に入った清涼飲料水が並んでいる。ダイドードリンコ株式会社から今年3月に発売されたプルーン果汁100%飲料「お腸夫人」のパッケージイラスト5種である。
既に話題となっているのでご存じの方も多いと思うが、山本鈴美香の漫画「エースをねらえ!」のライバルキャラである「お蝶夫人(竜崎麗華)」が、そのイラストともに彼女独特のお嬢口調(「手加減しなくってよ!」「この1本、お腹によろしくってよ!」など)で商品紹介をしているパッケージである。
オチョウフジンという響きはパッケージとともに一度耳にしたら忘れられないインパクトがあり、一歩間違えればキワモノになりかねないが、商品自体はお蝶夫人らしく大変優等生である(1本あたり3gの食物繊維および、着色料や砂糖の不使用、素材の持つナチュラルなおいしさとからだへのやさしさ重視)。
強烈キャラでターゲットに訴求、と同社HPにはあるが、「エースをねらえ!」が大ブームにはなったのは70年代前半。いわゆるマーケティング的視点でターゲット戦略を後付けで語ることはいくらでもできるが、そうした理屈や計算を越えた場所にこの商品が位置している(ように感じる)ところが素晴らしい。
もうひとつ。ファミリーマートと吉本興業の共同企画シリーズの中でも、これまでのところ一番秀逸だと感じたポテトチップス「銀座のスナック」「場末のスナック」(既に5月26日で発売は終了)。どちらもそれぞれの「いかにも」な風情の女性のイラストとセリフ入りのパッケージである。買わずとも思わず手に取らせるだけの魅力を店頭で放っている。
なんとなくこうした商品を眺めていると商品開発や提案型営業の現場におけるひとつの理想型が伝わってくる。
これらの商品企画会議はさぞや楽しく、熱く盛り上がったのではないだろうか。そうした開発担当者のわくわく感や、会議の盛り上がり感がビリビリと商品から伝わってくる。「神は細部に宿る(ミース・ファンデルローエ)」というが、パッケージの細かいところにまで「お腸夫人」らしさ、「スナック」らしさを丁寧に作り込んでいるところに、担当者の商品への理屈を越えた「愛」の強さを感じるのだ。
そうした理屈やデータをも越えさせる力=愛の源泉のひとつが「妄想力」だと思っている。妄想力とは、他人からすると馬鹿々々しいことに本気で思いを描ききれる力を意味する。常識的な想像力を易々と越える脳内描写、非現実的でありながら細部までリアルに描かれた世界、それこそ妄想力のなせる技である。
ここであえて妄想力の条件をあげると次の2つに集約できる。
まずは自分が主役、または何らかの形で深く関与すること。これはきわめて重要である。自分や自分の経験が核を成すからこそリアルになる。ディテールまで思い描くことができ、妄想でありながらも体温を感じさせるものになるのだ。
次に楽しいこと。妄想する自分も楽しく、それを見聞きする他人も楽しく、思わず笑ってしまうようなものであると他者を巻き込む力も増大し、ますます妄想は勝手にいい方向へ暴走してくれる。
こうして書いていくと、『アイデアのつくり方』(TBSブリタニカ)にあるように「良いアイデアというのは自分で成長する性質を持っている」のと同様、いい妄想は自ら実現へ向かう力を持っている、と言えるだろう。
商品開発にデータ分析の積み重ねが不可欠であることは言うまでもないが、そこからだけでは勢いが生まれにくい。モノが溢れている時代だからこそ、消費者は敏感に「企業の本気」や「魂」に反応する傾向にある。
そうした勢いや魂は、数字すらも動かす、きわめて個人的かつ強力な思いに支えられているのではないだろうか。妄想力あっての仮説力であり、そこに根ざした創造力なのではないか。妄想無くして創造なし、である。
そう考えていくと、ニッチという視点ではなく、マニア的発想(妄想)を通してマスと向き合う、というプロセスには新しい発見へと導いてくれそうな魅力を感じる。カテゴリーに対する超ロイヤルユーザーの声をどれだけ知っているかも、今後の企業力を左右する要素のひとつではないのか。
データの積み上げだけでは決して生まれなかったであろう「お腸夫人」。話題と笑いと(特定世代に)懐かしさを提供してくれただけでなく、商品開発について刺激を与えてくれた「逸品」である。