公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2004年12号掲載
住宅における間取りに対する関心が高まってきている。書籍『危ない間取り』(横山彰人・著 新潮社)や『「家をつくる」ということ』(藤原智美・著 講談社文庫)などが話題になったり、新聞の全面広告では家族(ペットも含む)の関係をフロアプランに表現し、しつらえ等のハード面の魅力を「家族で過ごす価値」というソフト面の魅力で代弁されたりと、まるで間取りが良ければ犯罪の低年齢化も離婚率も減少しそうな勢いである。
間取りによる影響の有無や、その正否についてはさておき、間取りが話題になる生活環境の変化を中心に考えると、これらの間取り訴求の対象は、言うまでもなく、もはや家事の効率化などではなく、家族間のコミュニケーション、家族の関係性にある。
自分専用の携帯電話を持つ小学生が19%、中学生で30%(01年、NTTドコモ調査)となった今、同じリビングルームにいても携帯電話の小さな画面に文字を打ち込む姿は厚いガラスのバリアで周囲からの干渉を拒絶している雰囲気を醸し出しているに等しい。親子間に限らず、社会人同士でもそのバリアを感じた経験がある人、または意図的にバリアを張ったことがある人は多いことだろう。
また同じ食卓についてもそれぞれ異なるメニューを食べたり、同じメニューでも家族それぞれが異なる時間に食べざるを得なかったり、またはあえて時間をずらしたり(別稿で述べたシニア女性の食生活調査では「立ったり座ったりすることなく、ひとりでゆっくり食べたいから」との理由で常に家族と時間をずらして食べている主婦もいた)と、ダイニングにおいても家族間の関係性は変化している。
間取り問題の背景となっている家族の関係性は、子供部屋や夫婦の寝室といった個室のあり方だけではなく、家族の共有スペースであるリビングやダイニングにおいても、同じように存在している。
間取り問題にあれこれ思いを巡らすことのできる居住空間にゆとりのある層も、間取りがどうのこうのと言っていられない層も、共有スペースの問題となれば等しい立場にある。確実に進行する所得の二極化の中にあっても、家族間コミュニケーションの問題は等しく降りかかってくる。間取りの変化が表現していることは、まさに家族の関係性も、今は転換期の最中にあることを物語っているのかもしれない。
夫婦別室の、まるでルームメイトのような夫婦。フルタイム就業の女性が増えるほど、また主従関係ではなく同等のパートナー感覚の夫婦が増えるほど、別室か同室かが異性的夫婦(ラブラブ夫婦)か同性的夫婦(友達夫婦)かを図る目安になるかもしれないし、夫婦になることの意味や意義を問われることになるかもしれない。
また、子供部屋の問題にしても、独立型かセミオープンかというハード面だけでなく、例えばかつての賄い付き下宿のおかみさんや寮母さんのような母親と、食堂的食卓の存在というようなソフトの出現を促すことにより、新たな関係性のスタイルを築いていく親子が登場するかもしれない。
現在の間取りに関するさまざまな話題は、家族間の新しい「立ち入り領域」の線引きをそれぞれの家庭に問うている。社会的環境がこれほどまでに変化し、標準世帯というものも存在しなくなったのだから、新しい距離感を確立する(あるいは模索する)家族の登場も至極当然のことだろう。
そうして考えれば、このテーマは何も携帯電話や住宅だけの問題ではないことは明らかだ。生活に関わるすべての業界とマーケティング戦略におけるビジネス・チャンスを意味してる。「コト志向」だけではない家族のシーンは、まだまだたくさん描けるはずである。