公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2007年1号掲載
景気の陰のワーキングプアと地味リッチ
06年は「格差社会」に明け暮れた。その是非はともかく、景気の良いとされながらも各世代の平均所得額は5年前より低くなっている。ワーキングプアとされる世帯数は約700万世帯(総務省就業構造基本調査より試算)とも推定され、相対的貧困率がアメリカに次いで2位(経済協力開発機構より)となったが、雇用形態を問わず今後この傾向が拡大するであろうことは明らかだ。しかし、この層も当然のことながら立派な消費者である。
また、高年収の正規雇用者であっても、昨今議論されているホワイトカラーエグゼンプションなどの影響から、日々の消費における「ちょっとしたhappy」の価値は誰に対しても一層重みを増していくだろう。
一方で、世帯収入だけに注目していては見落としてしまいがちなストック型リッチ層も、今後はより戦略的に把握していきたい。地味で堅実な消費を旨としつつも経済・時間ともにゆとりがある。年配層をイメージしがちだが、親が既に持ち家をはじめとする資産を有している子世帯もマインドは共通である。住宅ローン等の負債を持たないことによる生活設計観は、ひとくちにリッチという層で括ったアイコン的マーケティング戦略では外してしまいやすい層である。
家族より価値族との繋がり時間が大切
親と子からなる家族単位の消費を後押しするモノ・コトを数年来伸びているが、当事者である「家族」「家庭」を構成する人々が、より「個」の色合いを強めていることを鑑みれば、家庭内の個と個を結ぶ消費トレンドは安定的だ。が、家族単位という単眼レンズでそうした消費を捉えるのは早計である。乳幼児はともかく、子供がある一定以上の年齢になれば、親と子の価値観が交わったところにしか消費機会は生まれない。「ムシキング」も「おしゃれ魔女ラブandベリー」も、ゲーム機の前では親子がコーチと選手のごとく、それぞれの楽しみ方に興じることができたからこそのヒットである。
こうした傾向は年齢が上がるほど顕著になる。大人同士の家族は、より同じ価値観であるだけでなく、同じ消費価値観を持っていることが重要になる。親子だからという理由だけでは動かない。消費価値観が同じだからこそコミュニケーションが生まれ、同居も可能になる(積水ハウス「カーサ・フィーリア 娘と暮らす家」)。
この数年、もうひとつの07年問題といわれている熟年離婚も、より価値観の合う人たちとの時間価値を重視していることの表れである。価値観が静かに衝突し合う「家」だけで結ばれている家族より、同性異性を問わず、同じ価値観の人と繋がりたい、という思いを支援する消費の伸びは加速する。世代と目的を越えた「お遍路」という行動価値はドラマ(NHK「ウォーカーズ」)にも描かれていたが、一時的なイベント・旅行から、長期的な新しい住まい形態作りに至るまで、あるいは「ミクシィ中毒」まで出てきたSNSから「成熟世代婚」までも含め、価値観コーディネート型ビジネスは06年から引き続き強く求められるだろう。
教育パパが家庭を変える
06年は「教育パパ元年」とも言える年だった。自称・国民的ファミリーマガジン『プレジデントファミリー』(約25万部)、『AERA with Kids』等々の父親参加促進型教育雑誌が部数を伸ばした。ビジネスノウハウ的な具体的切り口で、従来母親に任せきりだった観のある家庭内教育への手解きを成功事例紹介満載で取り上げている。読めば否応なく「焦る」仕掛けが心憎い。
そうでなくても「ゆとり教育」の弊害がさまざまな形で露呈した06年である。もはや親自身の受験体験が使い物にならなくなり、また、将来の不確かさが確実視され、新しい教育の物差しに自らの今後の生き方探しも重ねて「教育パパ」は誕生した。
教育パパは家計と家庭にどのような影響を及ぼすであろうか。まずはこれまで父親不在と言われてきた家庭内居場所の確保がある。いわゆる「男の書斎」ではなく、子供と過ごす開かれた勉強スペースの創出である。既に「勉強ができる子が育つ家」などのモデルルームが出現しているように、たかが子供部屋、ではない。家全体、家庭全体に波及する力を内在している。
住宅の変化は常に新たな消費を牽引するからこそ、景気指数に用いられる要素になっている。家庭内スペースの変化と、家庭内時間が増えたパパたちによる気付きと口出しによる影響は、インテリアから食事内容、生活時間すべてに及ぶだろう。価格・機能・デザインなどの選択基準はもちろん、購買スタイルも大きく変わる。妻や子供だけからでなく、子供の友達からも「ステキなパパ(こちらは06年2月に創刊された雑誌『OCEANS』)」と思われる快感への消費は止まらない。
これまでは主婦(この空虚な定義無き単語もマーケティングでは禁句にしたい)の価値観を追っていれば一見こと足りていたかのカテゴリーも、今後は「パパの目」で選ばれるに値するか否か、その目線の行方は無視できない。
独身王子と「ちょい悪オヤジ」がオンナを変える
ドラマ「結婚できない男」(フジ)ではないが、「結婚しない・できない」が男性についても盛んに語られた06年であった。25~34歳男性の「できない」理由は「適当な相手にめぐり会わない」「結婚資金が足りない」が2トップであるが、「しない」理由では「必要性を感じない」「自由や気楽さを失いたくない」率が高い。
教育費や住宅費が重くのしかかる平均的所得の会社員では「木・金スーツ(雑誌『UOMO』)」でレストランに出かけることもままならない。トレンドスポットではバブル入社組以降の独身王子たちと「ちょい悪オヤジ」たちがしのぎを削っている。当然、傍らには女性(妻を含む)がいるのが文化である。06年の女性誌では「お嬢様」「カーヴィーボディ」という単語が頻出したが、これも好況にはつきものだ。男たちの行動(あるいは所得)は確実にオンナを変えるのだ。
ワーキングマザーはますますジャグリングアクトを強いられる
働く母親たちにとっては、心穏やかでいられないスローガンが国民運動的にまで発展した06年。それは『早寝、早起き、朝ごはん』である。この3点をクリアしている子供ほど勉強ができる、キレない、情緒が安定している等々いいことずくめの、至極もっともな生活規範である。が、約45%を越える共働き世帯(24~54歳)でこれを実施していくことは非常に困難である。
男女雇用機会均等法が施行されて06年で20年がたった。男性同様に働いている既婚女性も多く、少子化対策と併せて共働き世帯を支援する動きも多岐にわたり見られる。また前記のとおり、子育てに参加するパパも増えてはいるが、家事の主たる担い手はまだまだ母親である。
仮に18時に帰宅したとして(総合職にはそれすら極めて難しいが)、それから夕食の支度、食事、片付け、お風呂や宿題、明日の準備等々を息もつかずにこなしていっても最低2~3時間はかかってしまう。当たり前のこととされる子供を早く寝かしつけることがいかに難しいか。まさにジャグリングアクトである。
一方で、世の中の教育尺度に敏感で不安を覚えがちな子育てに熱心な世帯ほど、専業主婦へのIターン(決してUターンではなく)が増えていくだろう。
さらに05年に成立した「食育基本法」、06年の「教育基本法」の影響もあり、働く母親に吹く風は冷たく、強い。先述の教育パパたちの家事時間の増加に期待するとともに、より手軽に利用できる家事のアウトソーシングの整備は益々求められるだろう。家庭のマネジメントに熱心な世帯においては、資金運用だけでなく、時間の使い方の見直し(棚卸し)が行われる。家事育児と一括りにせず、何を外部化し、何を自ら手と時間をかけるか。意志を持って「我が家のグランドデザイン」を描かざるを得ない時代は既に06年に兆しを見せている。
以上、06年の潮流を振り返りながら、一人ひとりの生活者が属するいくつかの生活シーンを描いたが、年齢性別に関係なく、それぞれがそれぞれのステージで「振り回されている」傾向を強く感じた。相変わらず健全な縦割り行政に、生活のグランドデザインを描くのは期待できない。むしろ各々の生活者に対して、さまざまなグランドデザインを提供していくべきは企業であろう。多様な生活が増殖しているからこそ、より多くのグランドデザインが必要とされている。いくら「自己責任」と言ったところで、自己を遙かに超えた力で動かされている現実がある。そもそも、わたしたちはそれほど強くもないし、いちいち考えていられない、という事情もある。誰かが描いた「安心できそうな」生活デザインに乗ることで、「間違いがないであろう」消費をしたいと思っているのだ。正解がないからこそ、「正解であろう」ことに人はますます惹かれていく。
06年に生まれた生活シーンの素描に、いよいよ本格的な輪郭がはっきりと描かれ、色が重ねられていく07年が訪れた。企業が有する多数の絵の具や画材の中から、何をどう選び、どのように生活者に届けていくか。できあがりイメージを描いていくマーケティングへの期待は大きい。