公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2008年6号掲載
本書に対して新しいマーケティング手法を即物的に得ることを期待してはならない。ソフトカバーのハウツーもののビジネス書にあるようなお手軽さを求めてはいけない。本書は新しいマーケティングの仕組みや概念に挑戦しようとしている人には、きわめて刺激に富んだものとなっているが、それだけ読者を選んでいる。試している、とも言える。
本書では「創発」を次のように定義している。「(情報技術のデジタル化とネットワークの急速な進展によって、新たな社会の出現を予感させる生活者の価値観や行動の変化から生まれる)自立性と多様性をもった個と個の相互作用のなかから予期せぬ減少が生み出され、その結果がまた個に影響を与える状態」。
社会、生活、価値観等の大きな変化については、既に、そして常に語られていることであるが、決定的かつ絶対的な答えを得るには至っていない。いや、そもそもそうした唯一の答えを求めることすら意味がない、ということが本書の全編を通じて描かれている。
編著者の方々を見て頂ければおわかりのように、本書には国内外のさまざまな研究者たちの知見が惜しげもなく紹介され、また具体的事例も盛り込まれている。思想や理論と実例の間を行きつ戻りつしながら、頭の中では自らが直面している課題のパズルを解こうとしている。さながら選りすぐりの講義を聴いているかのようである。非常に贅沢な時間だ。しかし、講義を聴くだけで終わらせては、編著者の方々の期待を裏切ることになる。本書を手にしたわたくしたち自身が「創発」の主体者となり、それをビジネスの場で形にしていくことを望み、焚き付けている。
読者は豊富な「創発」事例や概念のフレームに触発され、自らのモデルを創りたくなるにちがいない。