公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2009年3号掲載
「婚活」の先にある家庭生活とは?
08年から流行語にもなった「婚活」。しかし、無事に結婚に至ったからといって安心はできない。その先に控えている家庭生活は婚活以上に長い道のりであり、人生の質を左右するものである。今回実施した調査は、25歳から44歳男女のそうした家庭生活の質に注目したものである。
年齢設定の考え方は、いわゆるバブル世代と就職氷河期以降世代を対比させたいという狙いがあった。現にここ数年のさまざまな定性調査の現場において、若年層の既婚男性たちは非常に自然体で自分の妻を讃え、自らの家事状況を語り、家族観を述べていた。
若い世代の結婚後の生活について、これまで定性的な調査で得てきた感触が、果たして定量的にはどのように描かれるのか。特異でもなく、また派手な要素も少ないがゆえに目立つことはないが、若年層男女の意識と実態の変化は、これからの生活のさまざまなシーンや社会通念を塗り替えていく、との仮説に基づき、今はまだ目立つほどのボリュームではないが、確実に動き出している兆しの萌芽をおさえることを目的に本調査を実施した(表1参照)。
崩壊ではなく変化している家庭像
そもそも家族論やマーケティングにおいて、家族変容理解の必要性はさまざまな視点で指摘されている。しかし、その割には、特異なケースを用いて不安を煽るような語り口(「昭和スタイルの良き家庭像が崩壊しつつある」というもの)が目立つ印象を持っていた。ゆえに、家庭は崩壊しているのではなく、変化しているに過ぎないという姿勢、即ち昭和スタイルが保存すべき絶対的な理想型ではなく、新たな生活環境適応型家庭像へ変化しているのではないか、と分析に臨んだ。
「昭和スタイル」からの大きな変化要因のひとつは妻のライフコースにある。いまや独身男性の意識においても結婚後、妻となる人に専業主婦を選択することを望んでいる人は12.6%で急速な減少傾向にある(国立社会保障・人口問題研究所「第13回出生動向基本調査(独身者調査)」2005年実施)。一方で、結婚し子どもを持つが、仕事も一生続けるという両立コースを望む独身男性は28.2%で、こちらは急増している。しかし、専業主婦が実態においても意識においても減少しているとはいえ、やはり家事の担い手は依然女性が主体である。女性が主体ではあるが、家庭の中には夫も存在するわけであり、その夫の存在・影響・関係は無視することができない。
そこで誌面の限られる本稿では妻の就業状況と夫婦の関係性、特に家庭生活満足度から視た夫婦像にテーマを絞って、調査から明らかになったことを紹介したい。
家庭生活満足度と夫の理解・家事参加の関係
今回の調査では自己申告の家庭生活満足度を10点満点で評価してもらった。男女別でみると、0~5点:男性30.1%・女性26.0%、6~7点:28.1%・29.4%、8~10点:41.8%・44.6%となった(図1)。このような満足度と相関がある要素とは何か。
年収については、年収が高いほど満足度も高いという予想通りの結果である。年齢については35歳以上ではほとんど違いが見られないが、35歳未満では若い方がより満足度が高い。
そして、夫の家庭生活満足度と妻の就業状況との関係である。妻が週4日以上パート勤務の場合、夫の満足度は0~5点が36.1%、8~10点は34.4%である。妻が週3日以下のパート勤務の場合はそれぞれ27.2%・46.0%と同じパート勤務といえども様相が異なる(図2)。一方、妻がフルタイム勤務の夫の場合、その満足度の傾向は就労日数が近い週4日以上パート勤務よりも、妻が専業主婦の場合に近いことが興味深い。
「家事に関する不安や悩み」との関係でみると、男女ともに「配偶者・パートナーとの間の分担がうまくいかず負担になっている」という人たち(男性7.4%、女性15.9%)がもっとも満足度が低い(図3-1・2)。
ちなみに「夫との間の分担がうまくいかず負担になっている」との回答はもっとも妻の有職比率が高いのだが、一方で専業主婦比率がもっとも高い回答が「相談できる相手がいない」「がんばっているつもりなのに、評価されない」である。それぞれの妻の立場における悩みの質の違いが浮き彫りになった。
週4日以上パート勤務女性の苦しさ
夫の家事・育児参加状況に関する詳細結果はここでは割愛するが、まとめとして次のことがいえる(図4)。
- 妻がフルタイム勤務の場合、夫の家事参加率はもっとも高く、夫婦ともに生活満足度は高い
- 妻がパート勤務の場合、その勤務日数が週4日以上だと夫の家事参加率がもっとも低く、夫婦ともに生活満足度も低い
- 妻がパート勤務の場合、その勤務日数が週3日以下だと夫の家事参加率は週4日以上パート勤務層より高く、夫婦ともに生活満足度も高い
- 妻が専業主婦の場合、夫の家事参加率はもっとも低いが、夫婦ともに満足度は高い
つまり、妻の就業状況4カテゴリーの中でもっともストレスフルな立場にあるのは、週4日以上パート勤務層の夫婦であるといえる。
即ち、週3日以下パート勤務層の夫婦は比較的専業主婦層と似た傾向を示しているのに対して、妻が週4日以上パート勤務層は、妻がフルタイム勤務層とは明らかに異なる夫婦像なのだ。
データを俯瞰すると、妻がフルタイム勤務の夫の場合、はじめから妻に対しても自身に対しても家事のハードルや期待値が低く、妻への理解またはある種の割り切りの様子がうかがえた。しかし、妻がパート勤務の場合、妻の家事に対する期待値も自身の家事参加ハードルも高く、妻への理解や協力姿勢が見えてこない。しかも、これは週4日以上でのみ顕著に表れたのである。
フルタイム勤務層が夫の物理的・精神的理解とサポートを得ているのに対して、週4日以上パート勤務層は夫の理解・サポートのいずれにおいても週3日以下パート勤務層や専業主婦層より低いというのが実態である。
きめ細やかな主婦インサイトが必要
当初は、妻の就業状況による違いがこのような形で表れるとは思わなかった。妻の就業状況という要素が、単に年収や家事時間という物理的側面だけではなく、夫婦関係や家庭生活満足度という情緒的側面にも強く効いていることを発見するに至った。特にパート勤務に関しては単純に「パート・アルバイト」あるいは「非正規雇用」などでひと括りにできない構造を把握した。専業主婦と有職主婦という区分だけでは、実態把握についても価値創造についてもあまりに不十分であることを痛感した。
現在の未婚男女の結婚後のライフコースに対する意識や今後の経済情勢を鑑みれば、結婚後も仕事に就く女性は今後も確実に増加していく。しかも、非正規雇用比率も現状以上に高まるであろう。
その時の中核とも言える週4日以上パート勤務層である彼女たちに対して、まだまだアプローチしきれておらず、チャンスも課題も多く残されていることも明らかになった。
ともすると有職主婦の増加から「共働き向け」という括りで家事の効率化や簡便化にのみ注力しがちであるが、それだけが提供価値ではない。そもそも効率・簡便化が常態化してくると相対的にそれらの価値は下がる。効率化や簡便化によって得た時間や気持ちのゆとりを、何に向かわせることが彼女たちの心に響くのか。「家でもっとも楽しみなこと」についても質問項目を設けたが、家族との団らんを志向する週3日以下パート勤務層と、休息やリラックスを志向する週4日以上パート勤務層など、求めている価値は異なっている。
家庭生活の豊かさや家庭時間価値の提供を試みる際、いわゆる「主婦」を対象主体にしつつも、彼女たちの就業状況と、配偶者との関係性によって求められている要素が異なること踏まえ、インサイトを描く際には主語のバリエーションを多数用意しておきたい。従来区分や平均値で対象を視ることは、コンセプト開発においてはあまりにリスクが高いのだ。