公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2010年9号掲載
クルマが売れない時代、と言われて久しいが、人とクルマの関係性や人にとってのクルマ価値、そして人とクルマを取り巻く環境などの変化については周知の通りである。 しかし、そのときどのような人を思い浮かべているのだろうか。何の疑いもなく男性を思い描いてはないだろうか。あるいは「女性とクルマ」というと、いまだに「いかにも」な女性仕様なクルマを反射的に連想してはいないだろうか。ここではちょっと異なる視点でクルマ選びを考えてみたい。
自らクルマを選び、日々の生活で使う女性ドライバー。彼女たちにとってのクルマの価値や購入時の気持ちについて、まだまだ知らない側面があるのではないか、という問題意識に基づいて行ったのが㈱デルフィスの「女性とクルマ調査研究」である。
本稿ではその中から一部ではあるが、女性のクルマ購入プロセスはまるで恋愛におけるパートナー選びのようだ、と実感した件について述べる。
イメージありきの相手選び
恋愛がそうであるように、クルマ選びでも好みのタイプというものは存在する。それはお見合いの釣書的な条件、すなわちスペックというよりも漠然としたビジュアルのイメージを指している。そのイメージとの距離感で検討対象になるかどうかが決まる。そもそものイメージの中に含まれないものは、どんなに素晴らしい条件(コストパフォーマンスの良さ、燃費の良さ、豊富なオプションなど)を兼ね備えていても眼中にはいることはない。
まるで、恋愛において「生理的に許せるかどうか」がどんな条件よりも強い最初のハードルであるのと同じである。
ひと目惚れか初志貫徹か
とはいえ、自分のイメージの範疇であれば想定外の相手(クルマ)を選ぶ場合もあるようだ。今回「ひと目惚れタイプ」と名付けた購入プロセスがそれである。
検討の段階では別の車種を検討していたが、立ち寄ったディーラーにて「ある日偶然出会ってしまって」購入決定。その姿を見てピンときたという。燃費や価格差などではなく直感に響く魅力がその姿にあったわけだが、むろん万人にとっての魅力ではなく「ワタシにとって魅力的」だったことが重要である。
そうかと思うと理想の相手を求め続け、探し続けた末の出会いもある。検討段階の最初からあれこれ迷うことも、浮気心が起きることもなく購入に至るケースである。
女性ドライバーには家族や男友達、夫など、アドバイスと称してあれこれ口を挟む人が多い。もちろん、口も出すけどお金も出す、という場合も多い。しかし「初志貫徹タイプ」は誰がなんと言っても、全額自分で出したとしても、理想の相手を手に入れるまで妥協せずに一直線に進むのだ。
身の丈の相手だからこそ自分に合っている
多くの場合、理想の結婚相手と実際の相手が違うように、非常に現実的に相手(クルマ)を選ぶ場合もある。
「身の丈タイプ」の人は決して高望みをしない。背伸びをすることなく、かといって妥協をすることもなく、今の自分を客観的に理解し、その自分にちょうどいいクルマを丹念に比較検討しながら購入する人たちだ。いまどきの若い人たちのマインドとも共通する点が多い。
試乗もするし、ネットでユーザーレビューの声を丹念に研究して100%の納得の末に購入に至る。
条件と家族の薦めの「お見合い」
理想は理想としてあるけれど…という点で、より現実重視、しかも周囲の声を重視するのが「お見合いタイプ」と名付けた人たちである。
さまざまな条件や家族の薦めの中から相手(クルマ)を選ぶ。そのためだろうか、その後の満足度が低かったり、後悔や未練を味わったりしている人たち(やっぱり違うのにすればよかった、本当に好きだった○○がやっぱり忘れられない)がこのタイプでは他より見られた。
プロのアドバイスが決め手
婚活で見直されている仲人さんや、あるいはネットにおける結婚相談所。いずれも単なる出会い系ではなく、条件やライフスタイル等を考慮したマッチングを行っている。自分では気付かなかった点を読み取って相手選びをしてくれるところは根強い支持を得ている。
同様に、ディーラースタッフ(プロ)のちょっとしたひと言や心遣いが決め手になる場合もある。それが「プロの助言で心変わりタイプ」である。
もともとは違うクルマを検討していたにもかかわらず、たまたま担当したスタッフの助言や心遣いでついついその気になるタイプだ。クルマを選んでいながら、その実、ヒトを選んでいる、といっても良い。ゆえに、スタッフの気持ちが伝わらなかったり、言動が曲解されたりすると、驚くほどそっぽを向いてしまう。
好きになるのはいつも同じタイプ
ダメな男性ばかり好きになって、いつも傷ついている女性を通称ダメンズと呼んだりしているが、数多の相手(クルマ)候補がいるにもかかわらず、いつも同じタイプを選んでしまうのが「相性重視タイプ」だ。
10年以上乗ったクルマをいよいよ買い換えるときに、同じクルマの新型を積極的に評価・選択している。同じとはいえ、クルマは進化しているので、自ずと以前よりはワンランク上の乗り心地や走りを得ることができる。しかし、ワンランク上を狙った上での結果ではない。今の相手(クルマ)との相性が良かったので、次もまた同じ相手(クルマ)を選んだらもれなくついてきた、というものである。
結婚においては「生まれ変わっても、また同じ配偶者と結婚したい」という人は妻よりも夫の方が多いのだが、また一緒になりたい、と思える相手(クルマ)と出会え、満足できる関係性を築けている非常に幸せな人たちであるといえる。
今回、調査前の仮説として恋愛や婚活があったわけではない。実際に集めた定性情報の行間から漂う語り口が、まるで彼氏自慢であったり、夫の愚痴であったり、そのニュアンスがクルマのことを語っていながら、まるでクルマらしくないところに、彼女たちにとってのクルマの価値が見出せた。
クルマが売れない、といわれて久しいが、そもそものクルマの価値や存在意義を見直して、その関係性の再構築から考えていくことに大きな可能性を感じた。特に女性的感性を持ち得る若い世代においては、男女を問わずこうしたアプローチが有効なのではないだろうか。