公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2013年5号掲載
真っ黒でまんまるおなかの体形に真っ赤なほっぺの愛らしい風貌、短い手足をたくみに使いながらやんちゃに動き回り、かと思えば色々なところに目配りをし、深々とお辞儀もするなんとも礼儀正しいそのいきもの・・・熊本県営業部長の肩書を持ち、2011年ゆるキャラグランプリで1位を獲得後、ゆるキャラ界最強とも言うべき不動の人気を誇る熊本県PRキャラクター「くまモン」。
いまや活動の場は国内にとどまらず、中国、台湾、シンガポールなどアジアへも進出し、米ウォール・ストリート・ジャーナルでも紹介されたこのくまモンは、今年3月でデビューから3年を迎えた。
くまモン誕生
2011年3月、九州新幹線全線開業による期待が高まる一方で、九州の中央に位置する熊本県は素通りされてしまうのではないかという懸念があった。
そこで、県くまもとブランド推進課では県民の意識向上や全線開業によってつながる関西地方に熊本を強くアピールすべく「くまもとサプライズ」というキャッチコピーのもとキャンペーンを開始。熊本県は豊かな自然に恵まれ、歴史や文化の面でも素晴らしい魅力に満ちた場所であるにもかかわらず、県民にとっては当たり前すぎて県の魅力としてこれまで認識されていなかった。県外の人たちに魅力を伝え、足を運んでもらう狙いもある一方で、実は素晴らしいポテンシャルのある場所であり、身近にある驚きや幸せを再認識してもらい、という県内に対するメッセージがこのキャンペーンには込められている。
キャッチコピーはPRの戦略アドバイザーでもあった熊本出身の放送作家小山薫堂氏によって考案され、くまモンはこの「くまもとサプライズ」キャンペーンに伴い小山氏とデザイナーの水野学氏によって2010年に誕生した。
同課がまず力を入れたのは、開業1年前の3月からスタートさせたKANSAI戦略。全線開業により一本でつながる関西圏に熊本の強くアピールするためだ。
くまモンの素性は明らかにせず、謎のくまが出没し、甲子園球場や道頓堀、通天閣などに県の臨時職員として長期出張に出かけPRしたり、吉本新喜劇にも出演するなど、その様子をブログやツイッターなどで発信。また、くまモンと偶然出会った人たちによって写真や動画が投稿されたことでファンも増え、メディアにも取り上げられるようになった。大阪におけるこうしたくまモンの活動状況は大手メディアではなくYoutubeや個人ブログ等を通じてじわじわと浸透していった。いわばこの下積み時代にくまモンはキャラクターとしての基本的な性格を固め、磨き上げることができたと言える。
やがて認知度の高まりとともに2011年には東京にも活動の場を広げ、ゆるキャラグランプリ1位という結果につながった。
そして、このくまモン、ゆるキャラであっても、決して緩くはない。なんと、くまモン関連グッズの売上が、昨年1年間で約300億円近くにのぼり、使用許可件数も今年に入り8000件を超えている。その秘密は、くまモンのイラストや写真、くまもとサプライズのロゴを、申請し許可されれば無料で使用することができる仕組みになる。
ただし、使用条件は熊本県の県産品やPRにつながるもののみ。さらに、特に大手メーカーとの食品開発の際には、単にキャラクターとしてくまモンを使用するのではなく、熊本産の食材を必ず使用することが条件になっている。企業とのコラボレーション商品の開発は活発に行われているが、そこに共通することはキャラクターとしてのくまモン自身を売るということではなく、県の営業部長であるくまモンを通して全国に県産品をアピールすること、「くまもとサプライズ」のキャンペーンを成功させることに徹していることだ。だからこそ、相乗効果も生まれるというプラスのスパイラルに至ったといえる。
今後は使われ方のコントロールを慎重に強化し、マネジメントを確かなものにすることで、くまモンが消費されないようにしていきたいという。
また、県のトップである蒲島知事の強い意志が色濃く反映されているキャンペーンとくまモンであるが、選挙で選ばれるという知事職の性質上、誰が知事になってもくまモンの世界観やストーリーがぶれることなく守られるための環境整備にも、今後はさらに力を入れていくという。
新たに「くまもとから元気を プロジェクト」始動
熊本の魅力を全国に伝えるべく、日夜PRに励むくまモンであるが、昨年10月、蒲島知事から新たな指令を受け「くまもとから元気を プロジェクト」が始動。これは、昨年7月九州北部豪雨で被害を受けた福岡県柳川市にくまモンが訪れ、再び元気を届けたいと知事に直訴したことがきっかけで始まり、被災地やくまモンがこれまで訪れたことのない地域等を訪問し、各地に元気を届け地域間の交流を深めるプロジェクトである。
くまモンはもはや単なる営業部長としてではなく、例えばピーター・ラビットが生まれた英国の湖水地方や、ムーミンのふるさと・フィンランドのように、「くまモンがいる熊本県」「くまモンが生まれた熊本県」のシンボルとして、熊本の人々にとっての誇りや品格の源泉として長く愛される大切な存在としてあり続けなければならないミッションもある。未だに出身地を聞かれて「熊本です」と言う代わりに「九州です」と言葉を濁す人がいるという。自信を持って「熊本です」と言える、その誇りを育てていくのだ、というものだ。
県からついた今年度予算は約2億円という破格のものだが、それに見合うだけの経済効果や県に対する成果を求められている。これほどの重責を背負っているゆるキャラは他にはいないだろう。
最後に、2030年になってもくまモンは熊本のスーパースターであり続けていたい、海外のミュージカルにも立っているかもしれない。しかし、今と変わらず麦わら帽子をかぶって熊本の緑豊かな田舎を散歩することはやめないし、地元の幼稚園にも高齢者施設にも遊びに行く、そんなくまモンであり続けたい、と未来を描いている。くまモンのライバルは?との質問にこう答えたくまモン。「ライバルは自分自身だモン!」くまモンは常に前を見つめ、自分と戦っているのだ。
※この度、熊本県庁による『「熊本県営業部長 くまモン」を起用したPR展開』が、第5回日本マーケティング大賞 地域賞を受賞されました。