公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2004年11号掲載
「ママちゃん」。自分のことを、こんなふうに家族に呼ばせている彼女はいったい何歳くらいだと思うだろうか。この夏に弊社とジャパン・マーケティング・エージェンシーとの共同企画により行った定性調査結果を象徴するキーワードともなった、この呼称。実は64歳の女性の発言から出てきたものである。(調査概要: 54~69歳の計50名の女性の一週間の日記と食卓写真、及びインタビュー。未婚単身世帯~3世代同居まで多様な世帯を網羅)
インタビュー会場に「伊太利屋」系ファッション(これもシニア女性らしさのひとつである)で現れた、とても64歳に見えない若々しい彼女は、自己紹介で「冗談じゃないわよ、誰が『おばあちゃん』なんて呼ばせるもんですか、わたしのことは『ママちゃん』って呼ばせているのよ。うふふ」と、誇らしげに語ってくれた。
この彼女に代表されるようなママちゃんたちの得意料理や家族に評判の料理、我が家ならではの味として登場するのは「鶏の唐揚げ」、「数種類のルーをブレンドしたカレー」、「魚と野菜のマリネ」や「具に一工夫のオリジナル餃子・春巻」などであり、そして、そこには「孫がお嫁さんの料理よりも、自分の料理の方を喜んで食べてくれる」という偉大なおまけも付いている。しかし、いわゆる肉じゃがや煮物などの「おふくろの味」的メニューはほとんど登場しない。
また、だしを昆布や鰹節、煮干しなどから作ることも極めて少なく、だしの素の類を利用するケースが圧倒的であった。仮にだしを自らとっていても、調理の最後の仕上げにわざわざだしの素や化学調味料を加える人たちも複数見られた。その動機は実にシンプルで、「その方がおいしいから」「味が決まるから」に尽きる。もちろん「子供がいた頃はちゃんとだしからとっていたけれど、今は便利なものがあるから、夫と二人だけの食事にそこまで手をかける気になれない」という環境変化による利便性追求派もこれに含まれる。
いわゆるシニアの女性たちの元気の良さ、若々しさや行動力、あるいは旺盛なミーハー精神については今更言うに及ばない。しかし、その中でも最強なのがこのママちゃんたちである。即ち、愛すべき孫の存在により「ママ」から「ママちゃん」に昇格し、しかも、子供や孫たちから「ママちゃん」と頼られる関係を築くことで、家族の中心として君臨している充実感を味わい、ますます元気な「ママちゃん」に進化していくのである。
毎日お料理するのはもう沢山、普段は極力手をかけないし、考えない。夫と二人なら惣菜や残り物で適当に済ませてしまう。夕食に同じおかずが一週間に3回登場しても、「捨てることなく食べ切った」という充足感の方が大きい。
しかし、孫が一緒の食卓では、俄然張り切るのがママちゃんだ。孫が喜んで食べてくれることは至福の極み。一方、ママちゃんが張り切って作ってくれればお嫁さん(娘)も楽ができるので「やっぱりママちゃんの唐揚げが一番ね!」などと讃えることを惜しまない。それを「お嫁さん(娘)もちゃっかりしているの~」と見破りつつも、まんざら悪い気がするわけでもなく、孫ウケするメニューに精を出すママちゃんたちである。
孫が幼稚園に通うようになると同時に、子育て時ほど忙しくない今の年齢になって初めて手作りお菓子に目覚めたママちゃんもいた。そもそもファミリーレストランやファーストフードの歴史とともに子供を育ててきたママちゃんたちである。子供が喜ぶメニューについては熟知している。
ママちゃんたちを動かす孫パワーの威力に今回改めて実感したが、ママちゃんだけがシニア女性であるわけではない。今回の調査で手元に集まった1050枚を越える食卓写真と50名のインタビュー結果からは、進行中の少子・高齢化及び晩婚・非婚の増加によって増えて行くであろう食卓の特徴も散見された。「孫への気持ち表現メニュー」のママちゃんたちに対して、「頭で味わう栄養摂取メニュー」が並ぶひとりでゆっくりと味わう食卓。家庭内「おひとりさま」増加の勢いも加速していく今後、ママちゃん以外のシニア女性については、また別の機会に是非紹介したい。