公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2008年2号掲載
いわゆるスピリチュアル・ブームである。若い女性向きの雑誌から、シニア男性誌まで、スピリチュアル・ライフや国内外のパワー・スポットについての記事を見ない月はないほど、日々身近なものになってきている。
一過性のブームに終わる気配はなく、むしろますます多くの人たちにとっての指針や拠り所にすらなっている感があるが、人々を引きつける場所のひとつに「神社」がある。
神社、というと古式ゆかしき旧態然としたイメージを思い描く向きもあると思うが、今や神社も進化している。ターゲットを絞り込み、的確なマーケティング戦略のもと、参拝者を確実に増やしているのだ。神社とマーケティング、というと一瞬違和感を覚えるかもしれないが、その鮮やかな発展ぶりには学ぶべき点が多い。
今回はそんな神社の代表格のひとつ、「東京大神宮」である。
クチコミの期待を裏切らない
東京のお伊勢さまとして明治13年に創建されたが、近年の「異変」とも言える変化ぶりは見事である。ターゲットはずばり、若い未婚女性。となれば、当然コンセプトは「縁結び」である。もちろん、それだけであれば、同じような神社は数多ある。
しかし、小さな神社であるにも関わらず、今や正月7日を過ぎても「ここが最後尾です」のプラカードを持ったガードマンが道路整理をするほど、美しい若い女性の行列(まさにそのさまは晩婚化とは裏腹。女性は常に今より素敵な恋愛・結婚を求めているのだ)ができるのである。月が変わっても、平日の昼間だというのに参拝客は若い女性の姿で9割方占められている。
確かにネットやメディアの影響によるクチコミ効果は大きい。消費行動同様、ハズレを回避し、効率良く効果を求める生活者は神社への参拝に対しても同様の指向性で動く。同時に、期待が裏切られれば二度と足を向けない。ある一定の満足感とリターンを得るからこそ、新たなクチコミを呼び、リピーターを増やしていく。
東京大神宮はそうした仕組みを理解し、徹底的に顧客満足度を高める、きめ細やかな施策(?)を行っている。
あえて手間をかけるヨロコビを演出・提供する
「おみくじ」の種類は6種類。通常の「おみくじ」に加えて、「恋みくじ」「縁結みくじ」「血液型みくじ」「英文みくじ」「華みくじ」。
縁結びのお守りも13種類28アイテムと圧倒的な品揃えである。奇をてらうようなデザインではない点が、むしろ本物感を感じさせる。最近では神社特製のクリアファイルやストラップなどさまざまな商品がお守りとともに売られているが、そうした類は見当たらない。あくまでも王道感を漂わせている。
しかし、東京大神宮の施策はこうしたグッズ類だけでは語れない。もっとも魅力的なのは参拝者の「行動」に満足感を与える点だ。
初詣時は、どんなに行列が長くても、必ず手水のお浄めに誘導する。手水の傍らには巫女さんが濡れた手を拭く和紙をひとりひとりに手渡すために立って、「参拝ご苦労様です」と労いの言葉をかける。
昨年からは夏の暑い時期に樹々の上方からミストを吹き出し、視覚・嗅覚にも肌感覚としても清涼感を作り出す。都心の真ん中にありながらも異空間らしさをさりげなく演出し、「ようこそお越しいだだきました」の気持ちを表現している。
来た人々に、決してその目的を裏切らないおもてなし(自分は大切にされている、という実感の提供)と、形式の遵守を気持ちよく誘導することによる特別感と非日常感で、御利益へのさらなる期待と「来て良かった感(自分の選択の正しさ)」を実感させているのだ。
トライアラーをリピーターにする努力
もともと初詣客には「東京のお伊勢様」として、赤福やお汁粉、樽酒を振る舞っており、老若男女を問わず高い支持を集めていた(今年はさすがに赤福はなし)。ご祈祷の後は絨毯敷きのクラシックな和室にてお茶と落雁を供するなど、まさにホスピテリティあふれる神社として「固定客」を掴んでいた。が、この数年、参拝者数の伸びはもとより、参拝者の若年層比率も格段に伸びている。次の顧客育成を確実に進めているのだ。
それは同じ敷地内にある結婚式場での挙式・披露宴への見込み客育成でもある。
東京大神宮の取り組みに触れるたびに、コンセプトを忠実に、かつ確実にターゲットに伝えるというマーケティングの基本原理の力強さを実感せずにはいられない。顧客の気持ちをとらえて離さない、とはこうしたひとつひとつの取り組みをひたすら丁寧に地道に積み重ねていくことに由来するのだろう。