2008.06.01 執筆コラム 男は、男として、男らしく「家庭進出」する

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2008年6号掲載

ここでいう「家庭進出」とは、補佐的・お手伝い的レベルの家事協力の話ではない。また、近頃話題の育児パパだけの話でもない。が、まずは著しい動きのベビー&育児市場から、顕著な例を紹介したい。

確かに、育児パパは増殖中である。かつて99年に厚生省(当時)は、「育児をしない男を父親とは呼ばない」というポスターで父親の育児参加を呼びかけたが、現在の育児パパはお役所のかけ声とは関係なく、自発的に育児に参加している。母親を手伝っている、というより、自分自身が子どもとの時間を持ちたい、という動機に支えられている。男性の育児休暇の取得意向も年々上昇しているうえに、企業も本格的に、男性をも含めた育児休暇取得に積極的に取り組まざるを得ない状況となってきている。まだまだ現実的な側面では弱さが目立つが、ワークライフバランスという名の下に「育児」市場は非常に活気付いている。

女性に合わせたデザインやサイズ展開のアイテムではなく、明らかに男性を意識したベビーカー(マクラーレンが代表。男性でも使いやすいハンドルの高さと形状。さらにスタイリッシュなカラーとデザインで高額にもかかわらず大人気)。抱っこひもや、マザーズバック(替えのおしめやミルクを入れる外出用バッグ)ならぬダディズバッグも登場している。ほ乳瓶に至っては、なんと流行りのブラック・スカル(ガイコツ)柄のものまで登場し、これまでのパステルカラーやビビッドカラーの夢々しいベビーの世界とは、明らかに一線を画している。

これまでのベビー&育児商品を男性が使う、男性が女性化する、というより、男らしさをアピールした男性向けの新商品が各分野で登場しているのだ。つまり、ママ仕様はよりファッショナブルになりつつ、さらに「+パパ仕様」分、市場は拡大している。

育児面ではこのように活発な進出が見られるが、家事の分野でも変化の兆しは既に十分ある。ちなみに、定年を前にあわてて「男の料理教室」に通い始める男性諸氏は、「家庭進出」ではなく「家庭防衛」であり、行動面は同じように見えても、その意味が全く異なる点には気を付けたい。

かつて女性の社会進出は、家計を支えること以上に、自己のアイデンティティを社会や仕事に求めることを意味していた。男性の家庭進出も、一面では同様である。会社員を取り巻く環境の変化(成果主義の浸透、終身雇用や年功序列の崩壊、活発なM&Aによる企業の先行き不透明感の進行など)は、じわじわと、しかし確実に彼らの就業マインドをギアチェンジさせた。

やりがいや達成感、満足感が得られる場所は会社の中だけではない。「会社の中だけですり減っていいのか、オレ」との思いが、会社以外の場所に目を向けさせる。ある人は趣味の時間であるし、ある人は家族との時間へと。

女性の社会進出も職業人を多く生み出したのと同時に、カルチャーセンターなどの余暇市場の隆盛を支えた。家庭だけが自分の居場所・生きる場所ではないとの思いと同じように、会社だけが自分の居場所・生きる場所ではない、という男性たちの思いが形になり始めたのだ。

もちろん、家庭進出したい気持ちがあったとしても、現在の就労状況・業務環境を顧みると、なかなか個人の思いどおりに事は進まないのが現実だ。ワークライフバランスというお題目も、大多数のビジネスマンにはまだまだ夢物語だ。多くの企業では男性の育休取得には、将来に対するそれなりの覚悟も必要である。メディアにおける「いかにも」な育児パパたちの多くが、フリーランス系や横文字系の比較的自由な就業形態の職業であることが、それを物語っている。

しかし、平日の朝、保育園ではスーツを着たお父さん方の子どもを連れてくる姿が、ごく普通の風景として定着している。決して華やかさや話題性はないけれど、地に足のついた男たちの家庭進出は、目立たないところでは既に当たり前のことであることも記しておきたい。