2014.02.03 執筆コラム おうちの中のカナリアたち

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2014年1号掲載

カナリアは炭坑に連れて行かれるために生きているわけではなく、もちろん、炭坑での毒ガスを敏感に察知するためにその能力を発達させてきたわけではない。カナリアのその特性・能力に気付いたヒトの手によって、炭坑の先頭隊のお供として連れて行かれているに過ぎない。カナリアのその姿の可愛らしさには似つかわしい任務を課した最初のヒトこそ、素晴らしい気付きの天才であるわけだが、マーケティングに携わるわたしたちは日々「カナリア探し」をしているのではないだろうか。

そこで、この稿でのカナリアは自らリスクを取りにフロンティアを探しに行くタイプではなく、より心地良いことやものを敏感に察知して羽ばたいていく身近なカナリアたちについて触れてみたい。

商品やサービスの企画開発に携わっているマーケッターであるわたしたちは、生活者の声なき声に耳を澄ませ、その行動をつぶさに観察し、本人たちも気付いてはいない変化の兆しやインサイトのかけらを拾い集めようと、手を尽くしている。特に家庭や日常生活に密に関わる企業の担当者の方々が、日頃その声に耳を澄ませているカナリアたちは「主婦」という名称で呼ばれている人々であるが、今や「主婦」とひと言で片付けられるような主婦が存在しないことは言うまでもない。

専業主婦志向の若い女性が増えていると言われてはいるが、あくまでも優雅な専業主婦であれば、という前提がそこにはあり、年収600万円以上の配偶者と結ばれるための婚活は就活以上の過酷さを伴う。高度経済成長期の「スチュワーデス」が「専業主婦」に置換した、と理解するとわかりやすいが、今や憧れの存在の専業主婦は女性にとっても高嶺の花なのだ。

他方、現在放映中の朝の連続テレビ小説「ごちそうさん」の主人公もまた専業主婦である。「毎日家族のお弁当作って、三度の食事を作るのがわたしの仕事ですから」と言い切り、毎日の食事内容を記録し、家族の誰が何をどのくらい残したのか、ということから家族それぞれの体調や悩み事などを気遣う。ドラマの真の主役は料理であるとも言われているが(事実、夫の浮気を瀬戸際で止めることに一役買った「牛すじカレー」の登場週は、クックパッドで見事検索一位に輝いていた)、ひたすら家族の笑顔のために美味しい食事を一生懸命作る主婦が主人公として成立するあたり、専業主婦がユートピア化しているひとつの証でもあろう。

また自ら「主夫」宣言する男性がCM(ライオン「ソフラン」)でもお目にかかれる時代になった。かつて男性の家庭進出の兆しを察知し、弊社にて2008年に調査をした際は「ワークライフバランス」という言葉の認知率さえ17.3%であったことを考えると、イクメン、カジダンの増加と浸透など、この5年あまりの変化の大きさは著しい。それは単に共働き世帯が増加したことに起因するものではない。家庭科の男女共修成果や世代価値観による裏支えももちろんあるが、何よりも当の本人たちが自らの暮らしのためにはそうした方がいいよね、と選択している結果なのである。「やらないと妻に愛想を尽かされそうだから」という仕方なしにという側面もあるが(ちなみにこうした傾向は40代よりも20代の方でより強く現れている)、これは妻の側にしても同様であり、何も毎日嬉々として取り組んでいるわけではない。だからこそ、男女を問わず日々の家事や育児にいかにちょっとしたやりがいやお楽しみを見出していくか、そのことにアンテナを張り巡らせているのだ。

1990年に創刊された主婦向け雑誌『すてきな奥さん』が今年の4月発売号を持って休刊することが報じられた。ひたすら微に入り細に入りの節約術による暮らし方が一時は絶大な人気を博していたが、今や「かわいくて賢い」を容易に実現する経済・環境・デザインを満たす商品があふれている時代であり、その手腕を磨くのに余念がない。専業主婦としての腕と審美眼を極めた先に「サロン」主宰者(雑誌『VERY』命名によるサロネーゼ)としてのプチ起業の道が拡がっている。

アベノミクスで景気が良くなることを歓迎しない人はいないだろうが、「Japan is Back」と言い切ってしまう旧来色の強い経済成長ストーリーや「Back」に重きを置いてしまうセンスで語られる女性活用政策に、新しい夢や新しい豊かさの兆しを感じてさえずるカナリアはいないが、サロン起業に憧れを抱き、実際に羽ばたこうとしているカナリアたちは50前後の子育て一段落組にも少なくない。

誰よりも先に変化を感じて美しいさえずりを聞かせてくれるカナリアに気付くためには、あるいは新種のカナリアを発見するためには、日頃からカナリアたちのさまざまなさえずりに耳を傾け、何がいつもと同じなのか、何がいつもと異なる音色や羽音なのかに気付きやすい環境を整えることが必要だが、まさに繊細なマーケッターが習慣化していることだろう。

ちょっとした微かな変化を感じとるカナリアは、実はわたしたちの暮らしの中のあちこちでさえずっている。青い色の羽を羽ばたかせながら。