公益社団法人日本マーケティング協会発行の機関月刊誌『MARKETING HORIZON』2018年9号特集テーマ「ふらり。隙と自己調律」にて、弊社代表のツノダフミコが特集テーマ設定、能楽師・安田登さまへの巻頭インタビュー、共働き世帯における「ふらり時間」の必要性についての執筆等を担当いたしました。
特集テーマ「ふらり。隙と自己調律」への思い
ふらり。
・・・隙と自己調律
この頃の世の中の動きに耳を澄ますと、あちこちで軋むような音が聞こえませんか。これまでの慣習や常識がもはやきかなくなっていることを示す音のようにも聞こえます。根本的な解決策を施すことなく、その場しのぎに無理を上塗りしてきたがために、力がうまく分散されずに生じたひずみの音です。
音の在処は、政治であったり、企業や学校をはじめとするさまざなな組織であったり、また、これまでの習慣であったりするのですが、平成最後の年、軋む音に加えて、いよいよ耐えきれなくなり崩れていく音も重なってきたようです。
事件も感動も情報も瞬時に消費されつくし、我慢比べさながらに「わたしだってこれだけ頑張っているんだから、あなたも頑張るべきだ」とリアルでもSNSでも不寛容になり、目的や効果・成果がないことは無駄と見なされ、スキマ時間にも何かしらを詰め込み、ため息にすら揚げ足を取るようになっています。
社会全体が浅い呼吸しかできていないような気がします。
ヒトも体をゆるめて柔らかくしていくことで可動域が拡がります。リラックスすることで本来以上の力を出せるようになります。深く呼吸することで頭がクリアになり、気持ちも鎮められていく自らを調律する仕組みは、ヒトも社会も同じではないか。そこにこれからの価値があるのではないか。
そんな問題意識からこの特集を組みました。
「ふらり。」とする時間や行動を生み、それらを許し、認め合うことで、新しい価値の創造に繋がっているさまざまな事例と、今後へのヒントを集めました。650 年続く能からはまさに現在進行形の自己調律についての示唆を、また、誰もがふらりと立ち寄れる飲食の変化や、住宅街の中に生まれ新たに人を集め出した新しい「1階」の話、自転車だからこそ味わえる風の誘惑、一人のふらり時間の有無が家庭内幸せ度に影響する話、そしてシンガポールでの軽やかなMe Time など、さまざまな「ふらり。」を集めました。
生産性や効率化のためのストレスマネジメント発想ではなく、目的も期待も持たず、予定調和的反応ではなく、その時その時の瞬間に反応して気持ちやカラダが動く「ふらり。」から意図せずして生まれる新しい何か。
この特集のいずれかのページ、いずれからの行間に、そのような何かを感じていただければ、それこそが「ふらり。」の瞬間です。
共働き夫婦こそ、ひとり時間で自己調律
家庭が一番のブラック労働環境!?
共働き夫婦率は年々上昇の一途です。2017年ではいわゆる専業主婦世帯641万世帯に対し、共働き世帯は1,188万世帯とダブルスコアに迫っています。しかも、児童(18歳未満の子ども)がいる世帯に限っても全体の7割以上、末子が0歳でも4割以上の母親が仕事に就いています。それが今の当たり前、この傾向はさらに強まっていきます※1。
にもかかわらず、相変わらず夫婦の家事時間に大きな開きがあることから家事分担論争(?)は時に炎上に至っています。夫婦間における家事時間の平準化を謳うことが本稿の主旨ではないので深くは述べませんが、共働き夫婦における夫の平均家事・育児関連時間(1日)は39分、妻が258分※2。夫に比べて妻の働き方は多様ですので、一概にこの数字だけで論ずることはできませんが、偏りは明らかです。外で働いて帰った来た場所がどこよりも過酷なブラック労働環境だなんて、妻にとっては笑えない現状です。
企業内における労働時間は国が音頭を取ることで、雇用側をコントロールできますが、家事・育児時間はいったい誰がコントロールできるでしょう。仕事・家事・育児を必死の努力でやりくりした末の過労死…。あり得ない話ではない現実が蔓延しているのが今の日本です。
仕事に集中するほど切替困難
働く母親の家事育児負担の軽減に夫婦間の理解と協力は不可欠ですが、実はそれ以上に自らが描く「妻として・母としてのあるべき姿」「良きパパ、良き夫」の現実的なアップデート、またはその思い込みからの解放こそが鍵になるかもしれません。自ら設定した「あるべき姿」の実現に向けて、分刻みのスケジュールで細かなタスクをこなす綱渡りの毎日。仮に何の破綻もなく、今日も一日無事に過ごせたと束の間ほっとしても(子どもが幼いほど「無事」なんてあり得ませんが)、何かおかしいと違和感が残る。仕事と家庭の両方があるからこそ気分転換ができる、ON/OFFを上手に切り替えよう、などは巷に溢れる言葉ですが、仕事をしながら夕御飯の献立を考えられるほどわたしたちは器用ではありません。当事者にとってはONに次ぐONの連続。高い水準のタスクをクリアしていくほどに、心身の疲弊にもあえて無自覚になることで自衛しているのかもしれません。
わらにもすがる思いの検索「夕飯 レシピ」
多くのレシピサイトでは「材料」から検索されることが一般的です。その日冷蔵庫に入っている材料や、帰宅途中に立ち寄ったスーパーで特売になっている材料からその日の献立が決まります。しかし、検索サイトからレシピ検索する人たちの様子を見ると、専業主婦がレシピサイトでの検索と同様に材料名を入力しているのに対し、フルタイム・ワーキングマザーは「夜ご飯 レシピ」「夕飯 レシピ」「今日のおかず 子どもが喜ぶ」で検索していることが検索上位ワードからわかりました(20-30代既婚女性)※3。何という乱暴な検索!しかし、帰りの電車の中やホームでの待ち時間に、材料名も思い浮かべることができないほど疲れた頭で、それでも家族や子どものことを思いながら検索している様子が脳裏によぎると、一見乱暴な検索にただただ胸が締め付けられるほどの切なさを感じました。
何かが違っていやしないか。
なんだかおかしなことになっていないか。
女性は管理職になりたがらないとか、男性の育休取得率の向上とか、そうしたことを検討する前になんとかしなきゃいけないことが目の前にあるのではないか。働く理由のうち経済的理由は大きいものの、それだってお金を得ることで良い暮らし、幸せな暮らしをするためのはずです。一生懸命働いて、家事・育児をこなし、良き妻(夫)良き母(父)のミッションを果たしたとしても、笑顔が消え、過労で倒れでもしたら元も子もありません。
生活満足度で異なる「ひとり時間」への欲求
家庭生活に対する満足度別に「増やしたい時間・減らしたい時間」を比較したデータがあります(都市部在住25~44歳既婚男女)※4。家庭生活満足度(10点満点)が低い層(0~2点)では「ひとりの時間」「休息の時間」に対して「増やしたい」思いが強く表れています。「誰でもひとりの時間は欲しいし、休みたいに決まっている」と思いがちですが、家庭生活満足度が高い層(8~10点)ではどちらも4割弱、「現状で良い」が5割以上です。
人間業とは思えない「あるべき姿」の実現のために効率的に詰め込まれた分刻みのスケジュールではなく、仕事でも家事でもない何かに、気持ちをふと向けられる時間。満足度の高い人たちには張り詰めた必死さとは別の、そんなゆるさのある時間を感じます。
先述の高満足層の共働き世帯で頻出する共通ワードがあります。「家族仲良く」「夫婦の会話が多い」「夫婦で家事を協力」「妻に感謝」「夫に感謝」「おいしいご飯」などです。専業主婦世帯でも「家族・夫婦が仲良し」は非常に多いのですが、それらに加え「夫が家事の大変さをきちんと評価してくれている」「妻がえらい」などがみられます。妻の就業状況によらず、日々の暮らし、身近な人に気付き、気を配れるゆとりのなせる技でしょうか。
満足度が6点あたりになると経済・時間の余裕のなさを嘆く声が増え、低満足層では家族の誰もが疲れ、荒み、「家族の協力がない」「家族の時間がない」「家族バラバラ」「夫は休みの日に寝てばかり」「へとへと」「主婦なので休みもないのに、誰にも評価されない」「忙しすぎる」「部屋が汚い」と辛さを訴える声が延々と続きます。
磨くべきは自分を許すスキル
時間の余裕がないと気持ちの余裕もなくなります。パートナーに対する労いの気持ちが芽生える隙もありません。身近な人に気付き、思いやれる隙を作るためには、まずは何物でもない白い時間を自らに許すことではないでしょうか。しかもそれは、スケジュールを無理矢理やりくりして確保したり、「ふらり」をタスク化したりするのではなく、無目的を許す技術・マインドこそが必要なのかもしれません。つらさが溜まると「どうしてわたしばっかり…」という出口のない思いに繋がりやすいものですが、たまにはそんなこともあるよね、仕方ないよね、と自分を許してあげられたら、人にもやさしくなれて、不寛容な社会ももしかしたら少しは変わるかもしれません。
退社後、まっすぐ家に帰りたがらない「フラリーマン」と呼ばれる夫たちに対する妻の声は一般的に非常に辛辣ですが、それもこれも妻にはそうした時間も気持ちのゆとりもないからこそ。自分のために「ふらり」とできる、自分だけのひとりの時間。効率的でもなく、生産的でもない時間。実は、夫にとっても妻にとっても、そして子どもにとっても、自分を調えるための時間は必要です。
さまざまな商品やサービスで家事効率を上げ、働き方改革を進めるのはあくまでも手段。それにより手に入れたい暮らしは、ふらりとできる白い時間がある幸せな暮らしではないでしょうか。
※1.厚生労働省「国民生活基礎調査の概況」(2017)
※2.総務省「社会生活基本調査」(2016)
※3.株式会社ヴァリューズ eMark+(2018)
※4.株式会社ウエーブプラネット(2016)
ツノダ フミコ (つのだ ふみこ)
㈱ウエーブプラネット 代表取締役
商品・サービスのコンセプト開発を支援する Concept Navigatorとして定性調査、コンセプト開発ワークショップなどを展開。高感度×好感度な生活者層との協創機会や、生活者から得た調査結果から価値を導き出す協調設計技法 Concept pyramidも提供。